「ああ。君がルーク、ですね」 あの男しか知らないはずの名を呼んで、少年がうっすらと笑った。 「始めまして」 緩やかに伸ばされた手に、びくりと身体を震わせて、アッシュは傍らに立つ男のローブを握り締め、縋りつく。 その優しさをたたえた顔が、声が、やわらがない瞳がたまらなく恐ろしくて。 "ルーク"を捨てた子供の固く握り締められた小さな拳に、その道標となった男が庇うように、大きく暖かい掌を子供の薄い肩を抱き込むようにして廻してくれた。 それに、"アッシュ"は酷く安堵して、詰めていた息を吐き出した。 7.貫けるなら貫いて あなたの正義は誰よりも気持ちいい 強張った身体を、ヴァンは緩やかに撫でてやる。 全身に行き渡った緊張はまだ解けておらず、アッシュがよほど導師に怯えた事が分かる。 子供は聡いと言うが、この子はまた特別だろうと笑みを刻んで、膝の上に乗せた身体の頼りない背に幾度も掌を這わせる。 時折り柔らかなまろい頬に、碧玉を覆う瞼に、ふっくらとした口唇に唇を落としてやれば徐々に強張りが融けて行くのが触れ合った肉体から伝わってくる。 「アッシュ」 まるで名付けたばかりの子猫に、名前を覚えこませるように呼ベば、心地良さに蕩けた瞳が思慕を込めて男を見上げる。 「随分と怯えていたな」 「……なにに」 「導師がお前を知っていた事になのだが、他に何かあったか?」 可愛くない口を聞く、身体だけは素直に甘えてくる子供を見逃してやるつもりは毛頭なく、躊躇なく追い詰めていけば赤い睫毛がふるりと大きく震える。無論、自身の正体を知られたというだけではなく、導師自身にこそ怯えていたのだとわかっていての戯れだ。数多の闇を覗き見て、自身も暗く染まった導師はアッシュには刺激が強すぎたようだ。己とて、大して変わらぬというのに、おかしな物だとヴァンは笑いを噛み殺し、かぼそく震える繊細な繊毛の動きを目で追って、あるならば教えてくれぬかと、耳元で吐息と共に注ぎ込んだ。それに、アッシュは戦慄く口唇を押さえ込むようにきゅっと引き結びんでから、ゆっくりと開いた。 「どういうことだ…どうして、導師は」 ヴァンの付き人という立場を与えられたアッシュは、魔物に襲われた商隊から男が助けた、ただ一人の生存者と言う事になっているはずだ。名も、家も、身分も持たぬ、哀れな孤児の子供。 アッシュを、ルーク・フォン・ファブレだと知っている者はヴァンとその片腕たるリグレットだけのはずだ。 なぜ導師がほんの数ヶ月前の己を知っているのかと子供が目で訴えれば、男は動揺している子供の額にかかる髪を慌てる事はないとでも言うようにゆっくりと掻き上げてやる。 「導師は私の協力者だ。お前の事も当然知っている」 驚愕に目を見開いたアッシュに、大丈夫だと笑う男は悠然と構え、微塵の揺らぎもない。(たとえそれがマイナスに働く事であろうと、男が焦りを見せるとは到底思えなかったが) それに、真実導師は敵では無いのだと理解し、アッシュは複雑そうに顔を歪めた。 「導師が、予言を否定するのか」 「導師だからこそ、予言の不条理を、無益さを、それに振り回される人の愚かさを知っているのだよ」 「……」 「アッシュ。不安に思うことは無い。すべては私たちの望むとおりに進んでいる。私は、お前を傷つけるような真似はせんよ」 「せんせ…んっ」 呼びかけは中途で掻き消され、男の口内へ飲み込まれていく。 子供の舌をその倍はある大人のそれが絡めとって、身動きを取れなくさせられて、呼吸すら止められる。小さな口腔から溢れた体液が顎から咽喉を伝って、黒い衣服の首周りをさらに濃い色に変えた。 「アッシュ、名で呼びなさい。"それ"は、不用だ」 「あ…ヴァ、ヴァン……」 大きく胸を喘がせて、足りぬ酸素に朦朧とした頭で言われた通りに子供がすれば、男は笑みを深くして子供を抱き寄せる。 「いい子だ、アッシュ」 躊躇いがちに呼ぶようになったその名は、男の手を取った日より望まれた。 尊称を排除したその呼び方は、ルークの頃とは違うのだと、明確に区別するために。 慣れぬそれに、以前のように呼んでしまう事もしばしばで、その度にこうして声を封じられる。 「アッシュ」 高い体温、頼りない肌を探る指先と共に何度も何度も確認するように名前を呼ばれて、自分がアッシュになったのだと覚えこまされる。 「うあっ」 男の固く安定した鼓動を刻む胸に顔を埋めて、赤髪を揺らし、アッシュは喘いだ。 自身を侵されて、何もかもヴァンの望むように作り変えられていく感覚。 自分の意思と信じて父母よりも男を選んだことすらも、まるで筋書き通りのようで。 絶対の意志でもって、優しい声音で男はアッシュを捕らえて思う様踊らせるのだ。 甘やかな残酷さに雁字搦めにされて、息も出来ない。 うちの師匠は(鬼畜がつくか分かりませんが)外道です(10歳児に手を出す20歳…もろに犯罪じゃん) てか、師匠と呼ばせないけど、実はアッシュにそう呼ばれるの好きだったり 正気とばす寸前のアッシュが師匠って呼んでも怒ったりしませんよ ただ、たま〜にヴァンって呼ぶまで焦らしたりしますけどね 02/20/2006 |